仁徳天皇は御年百十余才、御歴代天皇の中でも殊に長寿を保たれたので、長寿の神様としてされ尊崇され、平安成人、災難除、病気平癒、家内安全、交通安全、会場安全等の御霊験を多くの信者たちは戴いています。
天皇は又難波に都をお定めになり、民の生活の貧しいのを憂い三年間年貢を免じて国民の繁栄の為に日夜御心を尽されました。その御仁慈の深さは「高き屋に上がりて見れば煙立つ民のかまどはにぎはひけり」と古歌にも歌われています。故に豊産、豊漁、繁栄、繁昌の祈祷が出願されています。
皇弟宇治の和紀郎子と共に計りごとを以って賊の大軍を宇治川に破られました。その故事にあやかって争いの場に臨んで、先勝、進学の力を授けられたと伝えられています。
磐之媛皇后は臣下から初めて皇后の位に上がられた方でした。当時の国民の思いも及ばなかった御立見ですが、婦徳高く情操豊かな女性であられたことは、その御作と伝える「ありつつも君をば待たむ打ちなびく我が黒髪に霜のおくまで」という御歌によっても知ることが出来ます。今なお、成功、良縁、開運を求める若人を始め、参拝者の多い所以です。